怒りの才能

僕の借りている駐車場は非常に変な場所にある。マンション(自分の住んでいるマンションでなく、直ぐ近くのマンション)の一階なのだが、車が1台停めてある横をバックですり抜けながら曲がって行って、また逆方向に曲がりながら駐車する。僕の車は後ろがちょっと長いワゴン車なので(でも実はセダンと全長は変わらないらしい、知らんけど)本当にここに車が停められるのか、契約する前、そして車を購入する前に、わざわざ横浜から車を持ってきてもらって実際に入るのか試してもらった程だ。その時車屋さんはスーッと簡単に停めていたし、今となっては僕もスーッと簡単にとまではいかないにしても、疲れ切っていても普通に何の感情もなく停められる。

停めやすくはないのだが、屋根もしっかりとあって豪雨でも一滴も濡れないし、夏でも車に乗ると少しひんやりと感じられるくらいで快適。奥まっているのでイタズラされる心配もないし、ひと目にもつかないので機材の整理や積み込みなど、ゆったりと出来る。なんとなく近くて安いから借りたのだが、今ではとっても気に入っている。

しかし一回車をすり抜けた先にまた元に戻るように曲るところに、そのマンションの住人が停めている自転車が大量にあり、それが線を大きくはみ出して停めてあり、すごく邪魔な時が結構あった。最初に借りた時の不動産やさんにはそれを伝え、処理をしてくれるように頼んだが、駐車場は不動産やの管理だが、駐輪場はマンションの組合管理らしく、そこの連携がうまくいっていないのと、組合が少々癖のある感じらしく、不動産やの返答も芳しくなかった。

借りる時から、もうすぐ管理会社が変わる、という話は聞いていたので、まぁそっちに変わったらちゃんと言ってもらおうとそんなに気にしていなかったのだが、徐々に常に大幅に自転車ははみ出し始め、ほぼ毎回自分で重たい電動自転車などを何台も移動させながら出庫し、帰ってくるとまた停まっていたりするので、それをどけてから駐車していた。

そんな事をいつまでもしてるのも大変なので、新しい管理会社にも何度か連絡した。組合の方と話してみます。そんな答えで、特に何も変わらなかった。きっと忙しいのだろう。管理している駐車場の横の、駐輪場の自転車の位置を、気の弱そうな男がたまにクレームを入れてくるなんて、最適解は一択、無視だろう。こっちはタワマンの営業で忙しいんだよ、という声が聞こえてくるようである。

まぁ自分が自転車を動かせば良い。そう心に決めて2年とちょっと、そうやって過ごしてきた。でもなんだか先日、仕事が忙しかったり、ひょんな悲しい事や、つまらない辛い事も重なったり、でも忙しくてそんな事も言ってられないと自分で言い聞かせてたりしていた最中、バタバタと仕事に出かけようとしている時にまたズラ〜っとと自転車がはみ出ているのを見た時、自分の中で本当に小さいんだけど、何かが切れたような気がして、俺は不動産やに久しぶりに電話した。担当の人は居なかったので、俺は語尾や言葉は丁寧にしつつも、エネルギー消費を最低限にした、一定の低いトーンで、これまでいくら連絡しても改善がみられない事と、その今休みである担当に絶対にこの事を伝えて必ず折返しをさせるように力強く伝えて、素早く電話を切った。

電話を切った後、激しく後悔をした。声は荒らげずとも、僕は確実に怒っていた。誰に怒っているか、自転車をはみ出している人か、不動産やか、組合か、わからなかった。でもその怒りというか苛立ちの感情はそこにあって、それを押し殺す事は膨大なエネルギーが必要だった。僕は大きく深呼吸をして、その日はなんとか仕事に出かけた。

すると後日、知らない番号から履歴が残っていた。かけ直してみると不動産やだった。折返しをしてきたのは初めてだった。僕は憔悴していたので、管理の違いや、これまでの詫びと、組合と話し合いをして、その結果をすぐ報告するという不動産やの話に、すごく小さく相槌をうち、聞き終わった後、その折返しはいつになるのか、期限を決めて下さい、とだけ言うと、今日中に必ず!と言われたので、今日は忙しいので明日にして下さい、と言って電話を切った。

結果的に、駐輪場にある不要な自転車の撤去と、張り紙などの対策を、明日はちょっとどうしても伺えないので、明後日から組合と共に行います、と次の日電話があった。

 

人に怒られるのは嫌いだ、人に怒られるのが好きという人は居るだろうか、ドMの人だって、女王様に怒られるのは気持ちがいいだろうが、グチグチと人間性を否定されたり、少しの間違いをいつまでも咎められるのは嫌だろうし、クレーム処理を喜んでするドMなんて聞いた事がない。

でも僕は人に怒る方が嫌いだ。嫌いというか、とても大変だし、怒りをどのように調節して出して良いかがわからないし、怒って何になる、なんの解決もならない、話せばわかるだろう、と信じて生きてきた。けど今回はちょっと怒ったらあまりにもあっけなく、簡単に物事は解決してしまった。俺は今まで何を信じて、何をしてきたんだろう。本当に悲しい。

 


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